大日本帝国の轍 第1章〜第4章 襲いかかる大日本帝国の牙!暗躍する黒い陰。未曾有の虐殺事件として苦汁を嘗めた尼港事件。張作霖爆殺事件を境に激動の昭和がスタートした。

知られざる軍部の謀略が次第に暴かれていく

主人公の吉田昇平は1901年(明治34)の生まれ。東京帝大を卒業して新聞社に入社。勤務先の東京合同新聞社は中堅の新聞社としては珍しく大陸に力を入れており、満州では大連、奉天、長春、中国本土でも北京と上海に支局を置いて精力的に情報収集活動を行っていた。
帝大では中国研究会に席を置くほど大陸に関心を持ち、希望はもちろん中国特派員だった。それは小さい頃からの夢であり、父の背中を見て育った昇平には一つの憧れのようなものだった。
昇平の父、敬義は国民新報社の優秀な記者であり、また、日本有数の中国問題の専門家でもあった。

孫文が東京で立ち上げた中国同盟会を担当した関係で上海特派員に抜擢され、頭角を現す恰好となったが、当時の中国は辛亥革命が終わった直後で混沌とした状況下にあった。そんな中で着実に人脈を構築して世界観を養った。孫文の失脚と袁世凱の独裁、第1次世界大戦の終結と対華21ヶ条の要求、5・4運動によって排日運動は頂点を極めていた。

吉田昇平が満州へ赴任したのは1928年(昭和3)の春のこと。そこで彼を待ち受けていたものは・・・早くも襲いかかる大日本帝国の牙であった。満州の荒野で暗躍する黒い影、知られざる軍部の謀略が次第に暴かれていく。張作霖爆殺事件によって関東軍による満州侵略の意図が露わとなり、激動の昭和がスタートした。満鉄を担当した昇平が偶然にも聞き出した尼港事件。そこで思わぬ事実が明るみに・・・。日本のシベリア出兵に隠されたロシア沿海州傀儡国家の夢とは・・・。未曾有の虐殺事件に昇平は愕然とした。

  • 現在の大連大広場
  • 尼港事件はこの町で起こった
  • 尼港事件後にアムール河の川底から発見された日本帝国領事や方の看板
  • 張作爆殺現場の跡地。現在もその面影を残している。
  • 1928年頃の奉天市街地図(想像図)
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